など最近の記事でも少しずつ書いてきましたが、年内で新卒から21年半勤めてきた会社を退職します。来月からは有給消化に入ります。
ちなみに次の会社を決めてるとかはありません。
来年からは無職、あるいはキャリアブレイクというやつです。
「会社勤めのストレスから逃れたい」というのが長年の願望でした。しかし今まで何度か辞めようとしては、臆したり引き留められたりで辞めきれなかった。
なのに、どうして今回はそれらを振り切って辞めきれたのか?
これをじっくり考えてたどってみると、どうやらその根源は
「2017年にブログを始めたから」
という結論になりました。
なので、ここにその因果関係を記しておこうと思います。
長くなりそうなので、先に大まかな流れを載せておきます。
「会社がしんどい。何か普段と違うことをやってみよう」
↓
ブログを始める
↓
読者が少しずつできる
↓
ツイッターを勧められて始める
↓
そこで人とつながる
↓
四国のフォロワーが札幌へ来る
↓
その縁でバーに行く
↓
そこでマスターと知り合う
↓
1年半後、映画館で偶然会う
↓
毎週通うようになる
↓
もっと自由に生きてもいい気がしてくる
↓
株や電子書籍など、自分で植えた種も育ってくる
↓
ずっと会社中心の人生じゃなくてもいい気がしてくる
↓
振り返れば2019年にはすでに「会社員を辞めたい」と書いていた
↓
会社を辞める許可を自分に出せた
…という流れです。
2017年に初めて本気で今の会社勤めに限界を感じた時、まだ辞める度胸はありませんでした。
「真っ当な社会人として周囲の期待に応えるため仕事を頑張るべき」
「自分ごときは額に汗して働いてこそ存在を許される」
「一生将来の備えを怠らず、周囲に迷惑・心配をかけてはいけない」
そんな呪いに囚われていたと思います。
しかし、これは今思えば相当無理がある。いくら自分へのご褒美をあげてもストレスが解消し切れなくなってきました。
そこでヤケクソ気味に身に付けた習慣が
「限界を迎えたら、
あえて普段やらないことをやってみる」
でした。
その第1弾が映画ブログだった。
それまでは本当に家と会社の往復をするだけの人生でしたからね。連休は全然ないし、拘束時間長いし、時間外に電話来るし、仕方なくはあった。それだけだと人生何も変わらないという閉塞感をずっと抱えていた。それでも何か、何でもいいから小さな変化を起こしたかったわけです。
ストレスが限界に近づくたび「あえて普段やらないこと」を何度か積み重ねていった結果、思いもよらない連鎖反応が起きた。そして9年後には退職を実行に移せるまでになったのですから自分でも驚きです。
最初はブログを書いても書いても全然人が来なくて、こんなの書いて意味あるのかな…と思いながらやっていました。それでも継続した。書くことで、自分が何を感じているかが初めて分かってきたからです。
するとほんの少しずつ訪問者が増えてきて、2020年7月には「ツイッターで更新通知をしてほしい」という要望が来ます。
これも些細なことながら実は重要で、要望されなかったら多分今でもツイッター(X)はやってなかったと思うんですよね。しかし、始めた。それによって、より濃い読者との関係が生まれてきます。
その一人が阿部雄大氏です。彼が旅行で札幌に来た際、Xで「誰か飲みに行きましょー」とポストしていたので、その時も「普段やらないことを!」モードに入っていた私はホイホイ出ていきました。阿部さんには
「本当に来るとは思わなかった」
って言われましたけどね。確かに、普段の私なら絶対「本当に来るとは思ってないだろうし、行かなくていいか」という消極的選択をしてますが、この時はそれでもあえて行った。
そこで阿部さんに指定された場所が、すすきのにあるゲームバーlettuce702でした。ゲームバーなので当然ゲーマーが集まるところなんですが、実はマスターが映画も大好き。それで阿部さんと繋がりがあったようでした。
飲み会は楽しいものでした。来てよかったと思った。とはいえ大勢集まってガヤガヤするのは苦手だし、特別誰かと仲良くなったわけでもない。なので、その時は「今後もここに通おう」とまでは思いませんでした。
しかしそれから1年数か月後、またしても私の精神は限界を迎えます。「普段やらないことを!」モードは年に1~2回起こるんです。しかしだんだんネタ切れになってくる。そこでこの時は
「あのバーにひとりで行ってみよう」
ってことにしました。
全然大したことじゃなく聞こえるだろうし実際些細なことだけど、昔の私なら検討すらしない、普段は絶対やらないことだったんです。近所ってわけでもないし。ここに限らずひとりで飲みに行こうと思ったことすらない。
それでも自分の消極性に逆らって行ってみた。すると、少人数なら思いのほか居心地が良かった。話が合った。趣味が合った。
とはいえ、それでもまだ「単発のイベント」で終わるはずでした。そうじゃなくなったのは本当にすごい偶然で、私が「子鹿のゾンビ」を札幌シネマフロンティアへ見に行った時に、たまたま同じ朝8時の回に来ていたマスターと常連客に出くわしたからです。
これがもし数日前にひとりでバーを訪れてなければ、阿部さんの時に一度会ったきりの関係であれば、お互いスルーしていたと思うんですよね。でもそうはならなかった。しかも、彼らはその後「大長編タローマン」を観に行くので一緒にどうかと誘ってきました。全然知らんし興味もない映画でしたが、せっかくだから行くことにしました。
ここで「タローマン」だったのも実は結構な影響を及ぼしてるんですよね。まず映画の内容があまりにでたらめでわけがわからなかった。なのでその後、岡本太郎の著作を何冊か買って読んでみたんです。
「自分の中に毒を持て」
「自分の運命に楯を突け」
「自分の中に孤独を抱け」などですね。
これがもう刺さりまくるのなんの。人はもっと自由に生きていいのではないか。自分の意思を何より優先すべきではないのか。私の呪縛がほんの少しずつ緩んでくる気がしました。
それからはちょくちょく店へ行くようになり、11月頃からは毎週通うまでになりました。今となってはサブスク契約にしたいぐらいのヘビーユーザーです。
そうなって感じたのが、
「このマスターはかなり自由に生きてるな…」
ってことでした。いや、頭では「世の中にはそういう人もいる」と知ってはいましたよ。しかしそれを実感できるほど、そういう人と関わることは今までになかった。会社以外の人間関係があまりに少なすぎた。
また、ここ数年は会社以外で収入を得ることが出来ていたのも大きかったです。これもまた「普段やらないことを!」で2019年から始めた米国株投資が思いのほか伸びていた。わずかながらブログの広告収入もあった。今年の4月にはブログのkindle化を思いつき、やってみたらそれなりに手応えもあった。売り上げはわずかなものだけど、好意的な反応があった。何より作っていて楽しかった。
そして今から1ヶ月半前、再度私のストレスが最高潮に達しました。長年の会社勤めで摩耗し、耐性は年々減っていたのです。いや、
「もうそこまで耐える必要ないんじゃないか?」
と思い始めていた。
そこで今回の「普段やらないことを!」習慣から自然と出てきた言葉が
「辞めます」
だったわけです。
会社から逃げたいという感情は否定しません。長時間労働も理不尽な慣習も休日対応も嫌で嫌で仕方ないから。しかし、それだけでは辞められなかった。9年かけて、会社の外に自分の世界を作ったからこそ初めて辞められたんです。
会社が嫌なのは自分の人生を自分でコントロールできないからです。いや、ある程度は出来るかもしれませんが、大部分は会社の都合に委ねられます。5回も転勤してるし、6回目もいつ来るか分からない。
9年前から育てた自分の世界は、自分の意思で全部決められた。色んな種をまいてみれば、育つものは育つと実感できた。これは会社の仕事をいくら頑張っても得られないことでした。
時短勤務、有給フル消化、転勤なし、休日対応なし。そんな会社なら正社員でも両立できるかもしれない。でも、今の仕事はそうじゃない。それならば、退職に至るのはもう「自然な流れ」です。
株やブログだけでこの先ずっと食っていけるわけじゃない。ある程度のキャリアブレイク期間を経てから、何かしらの仕事には就くと思います。でも、その時は「自分で人生の舵を取れる」範囲の仕事にするつもりです。仮にそれがうまくいかなくて後悔する羽目になったとしても、自分の選択した結果であれば納得はできるでしょう。
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追記
おぉ大きな決心をされたのですね 応援しか出来ませんが岩石さんの行く末がよいものでありますように それと実はこの要望出したの自分だったんですよ 検索で辿り着いて、映画ブログは元々好きだったので更新を楽しみにしてたんですが、Twitterで更新が分かればいいなーと軽い気持ちで提案してみたんですが思ったより大きな転機だったっぽい それが6年前ですか・・・早いなぁ これからも更新楽しみにしてます
— MOBU助ZZ (@mobu0321) October 16, 2026
私にツイッターを勧めたのはおそらくMOBU助ZZさん だろうと思ってはいたんですが、確認まではしてなかったので6年越しに答え合わせが出来てしまいました。
@ganseki20 えっ自分が突き動かす「チョン」の一手だったんですか(゜ロ゜)
— 阿部雄大 (@same_abeshi) October 16, 2026
どちらも、小さなことではあるんですよね…
それが結果的にこう繋がってくるなんて思いもしなかったですよ。

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