「ディアスキン 鹿革の殺人鬼」 感想  世界で唯一のジャケットになりたい。

概要

原題:Le daim
製作:2019年フランス
発売:トランスフォーマー
監督:カンタン・デュピュー
出演:ジャン・デュジャルダン/アデル・エネル/アルベール・デルピー


ジョルジュは鹿革100%のかっこいいジャケットを手に入れた。
彼はうれしかった。

彼の偉大な夢は、ジャケットを着る世界で唯一の人になること。
ジャケットの偉大な夢は、世界で唯一のジャケットになること。

自分だけが、ジャケットを着ればいい。
他人はジャケットを着てはならぬのだ。

鹿革100%のかっこいいジャケットが彼に語り掛ける。

「ジャケットを着た千年に一人の男になれ」

分かってる。
でも、全ジャケットを奪うには時間がかかる。

どうやって、夢を実現する?


予告編



感想

フランスの超アバンギャルドなコメディ(?)映画。
監督のカンタン・デュピューはタイヤが念力で人を破裂させていく謎ホラー「ラバー」を撮ったお方です。

「ラバー」はキラートマト的なクソ設定ながらもズバ抜けて前衛芸術的な表現でマニア共を唸らせ、「クソ映画には違いないけど、こやつ只者ではないな…」とクソ映画史に偉大な足跡を残しました。
が、この監督はやはりただのクソ映画監督じゃなかったようです。


正直、本作の内容は全然理解できなかったんです。

それなのに、べらぼうに面白かった!!

何が何だか理屈ではまるで解読出来ていないのに、私の感性がもろ手を挙げてこの映画を賞賛し受け入れているのです。何か奇妙で面白い映画がないかなあと得体の知れない低予算映画を漁り続けて幾星霜、ついに私のドツボにハマる至高の珍作を発見せり。

こういう感動にはめったに出会えるものではありません。
トランスフォーマーもたまには素晴らしい仕事をしてくれますね。


「お前は着るな、俺がキル!!」
「世界が腰を抜かしたファッションスリラー」
「”死のジャケ狩り”へ」
 

こんな秀逸な宣伝文句もみたことないんですよ。
千年に一度の奇跡的な化学反応と言わざるを得ない。



ストーリーは、鹿革100%の超かっこいいジャケットを手に入れたジョルジュというオッサンが、

「これは世界で唯一のかっこいいジャケットだ。
つまりジャケットを着て良いのは自分だけなんだ。
ジャケットもそれを望んでいる。
他の人間はジャケットを脱ぐべきなんだ」

とかいう変態ナルシスト的な思想をこじらせまくり、それを実現すべくプロパガンダ(?)映画を撮影し始めるという奇天烈な話です。こんなん常人の頭だろうが尻からだろうがとてもひねり出せません。一体何を食べてたら思いつく話なの。仮に思いついてもそうそう映画化できないよ。監督の有り余る才能が羨ましい。


で、その映画とは自撮りだったりジャケットそのものを映したり、または金を払って出演者に「生きてる限りジャケットを着ない」というセリフを言わせてジャケットを捨てさせる、など狂気に狂気を塗り重ねたような内容。その行為は次第にエスカレートし、ジャケットを着た通行人を無差別に襲ってはジャケットを奪い取って痛めつけたりします。ジャケットをね。

しかし芸術大国おフランスではそんなのが「素晴らしい映画じゃないの!!」と絶賛され、順調に製作が進んで行ってしまう…っていう、ボタン掛け違い型のコメディとして非常に笑えます。一人で観ていてこれだけ笑いまくった映画は初めてかもしれません。

特に凶器の製作方法がまた異常にシュールな絵面で、この先何度も思い出し笑いをしてしまいそうなぐらいの絶大なインパクトでした。
というかこの映画は全編に渡って奇怪な魔球を投げつけてくるような途方もない珍場面だらけであり、それが「何か変なものが観てえな…」と常々煩悶しているような好事家の欲望という器をこれ以上ないほど理想的な形で満たしてくれるのです。



鹿革100%ジャケットの何がそんなにジョルジュを駆り立てたのかが気になるところなんですが、ジャケットだけではなく帽子、ズボン、手袋と全身を鹿革100%のファッションアイテムで固めてゆくので「ジャケット」だけではなく「鹿」そのものが何らかのメタファーなのだろうかという気もします。しかし、ジョルジュの異常な虚栄心と「鹿」の無垢な表情がどうにも結びつかず、やはり理屈で解読するのは不可能か、少なくとも相当な時間と努力が必要なのではないかという予感がしてならない。今後何度も繰り返し観て少しずつ理解を深めていくしかなさそうです。


これは相当賛否が別れるタイプの映画だと思われますが、私の中では歴史的傑作でした。
カルト映画として長く語り継がれるんじゃないですかね。
ということで、何か変なものが観たいなという方にはこれ以上ないほどオススメです。



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