「クロール 凶暴領域」 人類史に残る神懸かり的傑作

概要

製作:2019年アメリカ
配給:東和ピクチャーズ
監督:アレクサンドル・アジャ
出演:カヤ・スコデラリオ/バリー・ペッパー

大学競泳選手のヘイリーは、疎遠になっていた父が、巨大ハリケーンに襲われた故郷フロリダで連絡が取れなくなっていることを知り、実家へ捜しに戻る。
地下で重傷を負い気絶している父を見つけるが、彼女もまた、何モノかによって地下室奥に引きずりこまれ、右足に重傷を負ってしまう―。
(↑公式サイトより)

予告編







感想



あのアレクサンドル・アジャがワニ映画を撮った。

これが長年のワニ映画愛好家にとってどれほどの衝撃的大事件であったか、そうでない人が想像することは少し難しいかもしれません。ジャウマ・コレット=セラが「ロスト・バケーション」を撮った時の驚きに近いと言えばサメ映画愛好家には伝わりやすいかとは思います。


「ハイテンション」とかいう凄まじいフレンチ・スプラッターがあるらしい。私がそんな噂を聞きつけたのが約15年前のこと。それ以来、アレクサンドル・アジャ監督作品は(「ホーンズ」を除いて)全部観て来ましたが、どれも大変良く出来ていました。特に「ヒルズ・ハブ・アイズ」と「ピラニア3D」は素晴らしかった。安定して80点以上の映画を撮ってくれる、世界で最も信頼できる監督の1人なのです。


一方、ワニ映画とは現状どのようなジャンルなのか。
一応、サメ映画のライバル的な位置づけにはなっています。きのこvsたけのこみたいな。が、サメ映画との最大の違いは、サメ映画界における「ジョーズ」のような一般的にも評価の高い絶対的名作が存在しないということです。いくらサメ映画業界が箸にも棒にもかからない駄作だらけのゴミ溜めであると言っても、彼らには「俺達のバックには『ジョーズ』がついているんだ」という精神的支柱が常にあるわけです。
それに対して、ワニ映画を代表する作品と言えば、せいぜい「アリゲーター」「悪魔の沼」「レイク・プラシッド」「マンイーター」「カニングキラー 殺戮の沼」あたりが挙げられるでしょうか。これらはワニ映画としてはいちおう良作の部類ですが、束になっても「ジョーズ」に太刀打ちできるレベルではなく、「ロスト・バケーション」や「ディープ・ブルー」「MEG」「海底47m」「シャークネード」などと比べても著しく劣ります。…っていうかこうしてみるとサメ映画も既にジョーズ一強の時代でもないですね。これではますますワニ映画は差を付けられる一方です。



そんな誰も顧みない掃き溜めのようにうらぶれたワニ映画界に、アレクサンドル・アジャのような光り輝く表世界の才能あふれる監督が参入してくること自体が普通ではあり得なさすぎるんです。救世主どころか他の全てを焼き尽くす勢い。これはもはや幼稚園児の相撲大会にハイイログマがエントリーしてきたも同然の暴挙。もしくは海原雄山が全身全霊を傾けて至高のカップ麺を開発したも同然の(略)。

…しかし、これはビジネス的にはある意味堅実なブルーオーシャン戦略とも考えられます。そこそこ良く出来たワニ映画があればヒットは約束されているはずなのに、今まで誰ひとりそれをやろうとしていなかったのですから。「ロスト・バケーション」も同じような戦略の元に企画されたサメ映画であったはずです。その成功を目の当たりにしながら黙っていられるほどワニ映画界も死に体ではなかった。





…で、なんでそんなことを長々書いてるのかと言うと、おそらくアレクサンドル・アジャ監督も上のようなことを考えたうえで「クロール 凶暴領域」を撮ったと思われるからです。本作からは「その辺のサメ映画を蹴散らすような傑作ワニ映画を見せてやるぜ」と言わんばかりの情熱、意気込み、そして対抗意識を強く感じられるのです。

正直、私はワニ映画を観るたびにいつも「ワニって案外可愛い生き物だよな」「ちょっと
飼ってみたいな」などと緊張感のないことばかり考えていたのですが、本作に登場するワニは可愛げの欠片もなく、人間の根源的な本能を喚起する脅威の捕食者として描かれています。当たり前のようですが、それが出来ているワニ映画は他にひとつもないんです。普段だとお笑いにしか見えないワニの必殺デスロールであれほどまでの絶望感を与えられるとは。まさか本気で怖いワニ映画を観られる日が来るなんて。これまでのワニ映画とは次元そのものが違いすぎる。エポックメイキングとすら言える究極の新次元ワニ映画。人類史に残る神懸かり的傑作と表現しても全く過言ではありますまい。




いつになく抽象的なことしか言ってないような気がするのでもう少し具体的に内容の話をさせていただきますと、まず本作のシチュエーション作りはわりと強引です。しかし、その分絶望感が非常に強く感じられるようになっております。巨大ハリケーンが迫る中、あんな汚らしい床下に閉じ込められたうえにすごい勢いで浸水してくるだけでも死ねるのに、近所のワニ園から大量にデカくて凶暴すぎるワニ共がなぜか我も我もと集結してくるので命が幾つあっても足りる気がしません。
私はこういう映画では「自分だったらどうするか」を常にシミュレーションしながら鑑賞しているんですが、確実に300回は死にました。ここまでハードモードなアニマル&ディザスターパニックもそうはないでしょう。そんなキツイ状況を無傷で切り抜けるなんてことも当然あり得ず、主人公ヘイリーとその父は常人ならショック死するであろうほどに痛々しい深手を負いまくりです。そこはいつもより控え目とはいえ人体破壊描写大好きなアジャ監督の本領がいかんなく発揮されております。そんな骨が見えるような傷まみれであの汚水に浸ってたら何か致命的な感染症にかかってしまうんじゃなかろうか…と気になって仕方なかった。まあ、ワニに喰われるよりは感染症で死んだ方が遥かにましでしょうけどね。




ということで、改めて言うまでもなく本作は非常にオススメです。できれば全人類に観てほしい。なんなら義務教育の教材にしてもいい。何より重要なのは、マニアだけじゃなく普通の人が普通に楽しめるワニ映画であるということです。これで今後はワニ映画界も「我に『クロール 凶暴領域』あり」と胸を張れるようになることでしょう。








コメント